2018年12月 をけら詣り

京都恒例の八坂神社の朮(をけら)詣り。縄に火をつけてから、消えないようにぐるぐるまわして人々が夜道を歩く風景は、久しく京都の大晦日の風物詩でした。をけら火でお雑煮を作ると、一年間無病息災に過ごせると信じられているのです。

それも、この数年で減ってきたように感じます。火縄をぐるぐるまわしながら家路につくのが、公共交通機関での移動するとなれば難しく、くわえて、マンションのガスレンジだと、火がうまくつかないのです。かくいう私も、蝋燭に一度移すなどして格闘したのですが、一度も上手にできた試しがありません。

このあとは六角堂で鐘つき、徹夜して5時からの歳旦祭@上賀茂神社に臨んだのであります

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初雪

ローマンシェイドを上げたら、東山がうっすら雪化粧。左の白い部分が大文字。東南の空(右)から眩しい太陽がのぼってきました。7時前のことです。

今朝の洛北は白く美しく染まっているのでしょうね。洛中暮らしの私には、これが限界。北山で雪が舞う日も、車で烏丸通を南下すると、丸太町のあたりから道路は雪解けで黒く光り、なんとも興ざめなのです。

天皇誕生日

23日の朝、天皇陛下のお言葉を聞いて、もらい泣きをした人も多かったはず。テレビ画面を通してでも、深い深い、慈愛に満ちたオーラを感じたから。

この日、伊勢神宮に参拝された友人も少なくなく、しかし、私は昼前から仕事。ゆえに、洛北の上賀茂神社の天長祭に参列。早朝に聴いた天皇のお言葉を反芻しながら、感謝しながら。そうです。12月23日に斎行されるのは今年が最後。新天皇に替わると、天長祭は再来年の2月に斎行されるのです。

お正月の準備が進む境内、立砂の奥には、住井さん寄贈の亥の絵馬が掲げられていました。

ところで、仕事が控えていたのでこの日は和服を着ていませんが、首に巻いているマフラーを外せば、伊勢神宮の御垣内参拝も、このワンピースなら許されます。もちろん、鳥居ユキ先生のお洋服。

2018年12月 冬至 昼の部

冬至ですもの、南瓜を食さねば。と思っていたら、芦屋近くの奥池豪邸で頂くことに。最初にサラダ、それからピザやポテトやスープ、後にはケーキが。写真のプレートに載っているのは南瓜、サツマイモ、栗、チキン(丸焼きを切り分けたもの)。最近、内臓の調子が悪かった私ですが、いずれも美味で美味で、陰の気を飛ばして陽(ポジティブ)な気持ちにしてくれました。

このあと、京都に戻り、弘道館へ。

和久傳製、秘密のお弁当

新幹線に乗る前、運が良ければJR構内で買える和久傳のお弁当。先日、久々に頂きました。ローストビーフちらしとか、鯖寿司とかも美味ですが、こちらの二段重ねは「数量限定」。早すぎれば未だ、遅すぎれば売り切れ。滅多に手に入りません。

これで3千円台とは思えない充実度に、普通車移動でも、超幸せな気持ちで過ごせます。先日も、京都駅では隣がいなかったので急いで頂きました。結果、名古屋から乗り込んだのは、ストリートダンサー成れの果てみたいな、ちょっとふてくされた感じの30代男子。先に食べておいてよかった。隣でこんなん食べたら嫌味ですものね。

ろくに稼げていない私がグリーン車を選ぶのは、混んでいるとき。その日は普通車に座れるくらい空いていたから、贅沢なお弁当も残っていたのでしょう。私の胃袋も朝食を相当早い時刻に頂いたので、お昼前でもこのボリュームで大丈夫だったのでした。

リメンバー・パール・ハーバー

 

日本人が無関心でも、彼らは忘れていない。真珠湾に攻撃を受けたハワイ時間の朝7時55分に、今年も追悼式典が行われた。あの瞬間、ハリウッド時間では9時55分。臨時ニュースが流れたのは10時半だった。

77年前のその日、米国時間では日曜日だった。日系二世のジミー・アラキが映画を観て家に戻ると、父親が木箱を用意して荷造りを始めていたという。「日系人は収容所に入れられる」と断言する父に、まだ高校生だったジミーは「アメリカの憲法と市民権で保障されている。日系人の逮捕は不可能じゃないか」と反論した。

詳細は拙著『スウィング・ジャパン』に譲るが、多くの日系二世たちは、ジミー同様、自分たちがアメリカ人として扱われると信じていた。ところが翌日からすぐ、その期待は次々と裏切られていく。収容所での悲劇の度合いは10か所それぞれ温度差があるものの、スーツケース2つにまとめて収容所送りされた当初の悲惨さはある種共通で、戦後の平和を享受してきた私たちには想像の域を超えるものだ。今後、万が一自分の赴任地で戦争がはじまれば、無関係でいられない。知っておく必要がある。

そういえば、今週のNHK連ドラ「まんぷく」は、主人公たちがGHQに逮捕された話で1週間を通した。今日が真珠湾攻撃だと意識しての編成ならかもしれぬ。中に登場していた日系二世チャーリー?(見張り役)の複雑な思いに少しでも興味を抱いた人がいたら、ぜひ読んでもらいたい(図書館にあるはず)。

京都で神社や能について少しは深めたいま読み返すと、出雲大社のことも幸若舞のことも、浅学丸出しで恥ずかしいのだが、77年前、日系人社会に何が起きたかを知る、糸口にはなるはずだから。