2006年4月 菜の花文@祝宴

「一穂堂」10周年記念とお茶会に菜の花の訪問着を着用。利休忌も過ぎたことなので、菜の花でも許されるとおもったのですが。この訪問着は「青山みとも」のセールに朝一にでかけ、8万円台で購入したもの。残念なのは仕立てが私のサイズより大きく上がってきたこと。来年の春までに仕立て直さねば。
帯は「一穂堂」でみつけた「誉田屋」の帯。紐やチェーンが通してあるのが魅力です。伊達襟と帯締め、帯揚げを松葉色にすると、きりっと締まります。

2006年3月 結婚式&披露宴

祖母の一周忌も無事に終わり、晴れておめでたい席に出られる身分となって最初の結婚式には色留袖を着用。
この色留袖は、帯を締めたあたりより上が柳色で、下が萩色というか石竹色というか・・・。そこに菊づくしの見事な刺繍が広がっています。
世田谷にある「いその」のセールで衝動買いしたのだが、五つ文にしたので格が高すぎ、着る席が限られることになってしまいました。龍村の帯は母が嫁ぐ時に選んでくれました。

2006年3月 朝まで生テレビ

「朝まで生テレビ」20周年のパーティほど、着ていく服に悩んだ会はありません。番組を立ち上げた名プロデューサー日下雄一さんが1月に他界され、偲ぶ会と合わせてのパーティとなったからです。お祝いとお別れ。正反対の趣旨が同居する会ではどちらに合わせて着物を選べばいいのか。出席した女性の多くが悩んだと言います。最初は不祝儀にも着られる淡い藤色のぼかしにトクサ文の帯か、地味な花柄に不祝儀の鼠色の帯を締めようかとも思ったのですが、もしも洋服で出席するなら何色を着るか、自分だけ浮かない色は何かを考えたあぐねた結果、このアジア太平洋賞の授賞式で着た黒地の赤白の絞りの訪問着(2000年11月でも紹介)にしたのです。赤が入ることが偲ぶ会で失礼かどうか悩ましいところですが、会場にいらした女性の多くは、黒地のスーツに真っ赤をさし色にした出で立ちだったので、ほっとしました。トクサ文様の帯は母のもの。

2006年2月 エンジン01@会津

「エンジン01文化戦略会議オープンカレッジinあいづ」には着物で参加。往復は大島にジャズの帯を締め、シンポジウムでは大樋さんとの対談で着た母の着物とトランプの帯を着用しました(昨年の11月で紹介)。夜は地元の人々との懇親会「夜楽塾」。会津大学の池上学長と猪瀬直樹さんご夫妻が一緒でした。参加された方の一人はお着物好きで、袖からのぞく襦袢と帯が同じトランプ柄であることに気づいてくれました。一番嬉しい瞬間です。

2006年1月 シクラメン

昨年末に仕立て変えた母の大島です。緑の文様がめずらしい黒の大島ですが、これは昭和 40年頃までの技術なのだそうです。子どものころ、母がこの大島を着ていた姿を私がはっきりと覚えているくらいですから、遺品を整理した時点で、裾廻しは擦り切れ、胴裏のシミも目立ちました。どうせ裾廻しを新しくするのなら、目の覚めるようなエメラルドグリーンを、と捜し歩きましたが、既製の裾廻しは渋い色ばかり。昔バンコクで買ったタイシルクのハギレをあてようかと思ったり、アンティーク着物の一部を使えないかと探したり、ずいぶん時間をかけてはみたものの、これという色に出会えません。ため息をついていると、ある呉服屋さんが大日本印刷の色見本を出してきて、私の指定した色で試し染をしてくれたのです。思ったとおりの色が出たのでお願いしたところ、これが私のイメージそのもの。今年になって何度も着ていますが、行く先々で評判です。かなり満足。母のシクラメンの帯が一番しっくりきます。

2006年1月 日本の真髄「ニッポンの色」

2月末に出る『ノーブレス』4号の対談で着用。これは現代物なので、母が自分で購入して着ていたのでしょう。濃い紫の地に季節を問わない花が美しく描かれています。桃色の帯は、ペルシャ文様のようですが、おそらく祖母が嫁入りに持たせたか、昭和 40年代までに買って渡したのでしょう。何にでもあうので非常に便利。こういう帯を緑とか水色とかで持ちたいと思っていますが、みつかりません。川島織物のカーテンに帯にしたくなるような素敵な文様があるのですが、いずれもポリエステルで、すぐに擦り切れると展示場の人に言われてしまいました。この帯を締めた時にはブルーマリンのピンクのバックを合わせています

2005年12月 クリスマス

白地のクリスマスの帯を捜し歩いて、ようやく見つけたのが、この帯です。「エンジン01」の集まりで、林真理子さんと南美希子さんから特注品かと聞かれましたが、これは既製品です。サンタなどの刺繍がしてあるのに、10万円未満で購入。これに合わせる着物は、手持ちのものなら、母のターコイスブルーの鮫小紋か今年衝動買いしたクリーム地の紬。帯揚げはエメラルドグリーンの絹の布をあてています。真紅の帯締めか、アメリカで購入したクリスマスリースをイメージしたブローチを帯留め代わりにしてグリーンの帯締めにするかは、その日の気分です。お食事にでかけた先でも若い女性に人気があります。

2005年11月 襦袢と帯をトランプで

この着物は、結婚前に母が着ていたものと思われます。茜色の地は顔映りもよく、ねずみ色のぼかしが印象的で、なんとかして着こなしたいと数年前から考えていました。
しかし、手元の帯ではどれも合わず、いったい母はどの帯を合わせていたのか、アルバムを探してもみつからず、今年になって、いよいよ着物を持って呉服屋さんめぐりをしたのでした。どう合わせても、結局は、黒地の帯でないと、ぼけてしまう。
そんな折、出会ったのが「紫織庵」製トランプの帯。これで大正ロマン風に仕上がります。お値打ちで、同じ柄の「長襦袢」も誂えることができて大満足。帯とおそろいの長襦袢に気づいて声をかけてくれるのは、かなり「通」です。
これを着用したのは『ノーブレス』3号の大樋年雄さんとの対談が初めて。帯も襦袢もトランプなのだから、指輪とバッグもハートにしてみました。

2005年11月 ナベプロ創立50周年

ナベプロの創立50周年記念パーティに着用。夏の向日葵文の訪問着で味をしめた私は、またまた「かわの屋」さんで、この訪問着を手に入れました。関東の庄屋のお嬢さんのものらしく、三つ口が小さいのにびっくりです。手刺繍も凝っていて、見れば見るほど、ほれぼれする文様です。インゲン豆より長い豆の曲線とか、葉鶏頭の朱色、夏芙蓉の刺繍が印象的。全体の緑も私に合っていて、緑の伊達襟をつけることにしました。問題は長襦袢。袖は七寸と半端なので、とりあえずは成人式の本振袖の襦袢を大幅に折って着てみました。

2005年11月 シンポジウム@鹿児島

鹿児島県のさつまいも伝来300周年記念シンポジウムに出席した折に着用。9時台の飛行機に乗るために早起きして着ると、頭が起きていないので、結構てこずるもの。最初は大島紬と思ったのですが、背景が黒と聞いて、急遽、水色の鮫小紋に変更しました。2日目の日曜日はとりわけ蒸し暑く、汗びっしょり。それをたたんで宅急便で東京に送り、屋久島へと向かったのです。