神明舎サロン 河井寛次郎茶話会

『京都で、きもの修行』のプロローグに、#神明舎 について触れていますが、#鷺珠江 さんによる「新しい自分が見たい 河井寛次郎茶話会」が開かれました。
いつもは記念館のガラスの中におさまっている寛次郎先生の作品が、床の間に置かれただけで、神明舎の空気がガラリと変わったことにまず驚き、かつ、自分の手で直に触れることができて、器のチカラを改めて思い知った次第。実に貴重な体験でした。
次回作を執筆中の身であり、前日まで東京にいた私は、準備のお手伝いもできず、この講座には一人の参加者として写真に収まっております。
ほかの参加者の方々からも、#河井寛次郎 さんのお孫さんであり記念館館長でもある鷺さんのお人柄と、#寛次郎先生の作品 に触れて、この上なき幸せな時間(とき)を過ごさせた、と大好評でした。ありがとうございます。
寛次郎先生の世界ゆえ、柔らかものではない気がして、母が晩年に着ていた藍のぼかしを纏いました。帯は、#岡文織物製のハチ文。こちらも参加者の方々の注目を集めました。帯の詳細は『京都で、きもの修行』に記しましたので、ご確認くださいね。ハチは、神さまの、お遣いなのです。

京おどり、前夜祭

京都五花街のひとつ宮川町の歌舞練場は現在工事中(ホテルとあわせて隈研吾デザインで進行中)。今年も「京おどり」は春秋座で開かれています。
5日の前夜祭にご招待頂きました(先月末までに提出できているはずだった原稿が気になりつつも)。今藤長十郎先生に感謝。
いやあ、面白かったわ。過去に何度もみているのに、今年のは、なんか楽しかった。お時間あれば、ぜひご覧になってね。
花道の近くで下から拝見。誰も顎がたるんでいないの。羨ましいかぎり。若いときから二重顎の私・・・。
前夜祭ゆえ、入口でご挨拶されていた、お母さん、お姉さんの和服姿に、うっとり。帯も素敵。あ、源氏香図! その日の午前中は「野口」さんで源氏香を体験したばかりだったので、このシンクロがちょっと嬉しかった。
私はといえば、野口さんでの香席を意識して、お扇子と草履の鼻緒を源氏香にしていたのですが、『京都で、きもの修行』に掲載した母の形見の訪問着(本ではトランプの帯)に、タツノオトシゴの帯を締めました。

上巳の節句、御殿飾りを確かめに

『京都で、きもの修行』の中には、おひなさまの話が出てきます。母の御殿飾りの由来を探す旅、ずっと続けていて、雛飾りに流行があり、昭和天皇の御大典の影響が大きいと知ります。御殿飾りは、京阪神から静岡あたりまで。

それを裏付けてくれたのが、仁風庵の御殿飾りでした。おばさまの物だというから、母の昭和9年製のと、ほぼ同じタイミング。本には、その御殿飾りを掲載できなかったので、こちらでご紹介することにします。

2年ぶりに、おひなさまを公開されるというので、再び訪れました。なんと、舞妓ちゃんのおもてなしも。かいらしく微笑ましく、幸せな気分になって、錦天満宮での勉強会へと向かったのであります。

写真はインスタにアップしました。https://www.instagram.com/akiosatoko/

 

 

枝垂れ梅背景に『京都で、きもの修行』を撮影、そして東京へ

先週までしっかり安静にしていた私は、ついに東京へ。リスケしていただいた仕事を受けることができました。その後、中国飯店で五目焼きそばを食したのであります。

それにしても、この陽気。東京から戻る前に散ってしまうかも、と城南宮へと急ぎました。枝垂れ梅を背景に、わたせさんカバーの『京都で、きもの修行』を撮影したかったのです。窓の外に枝垂れ梅を描いてくださっているので。

小雨降る中、どうにか撮影に成功。雨粒がカバーの上に写っておりますが。そのうち動画もインスタのリールにアップいたします。

節分備忘メモ(新刊には掲載されていない話)

京都の節分は、神社仏閣巡りに忙しい。新刊には盛り込めなかった出来事を、備忘メモを披露します。いつも2月1日に、おついたち詣りを終えています。それを前提にご高覧ください。
2月3日 ①下鴨神社柊社 HPの記載より早く始まり10時20分には終了。ゆえに護符と福豆のみ頂いて帰る。
タクシーで上賀茂の②大田神社へ。アメノウズメノミコトがご祭神。お神楽で厄落とし。宮司さんに「上賀茂へはもう行かれましたか」と聞かれて(一昨日参拝したのだがと思いつつ)、再び③上賀茂神社へ。大田神社は上賀茂の摂社なのだ。二の鳥居を歩く福豆まきの人々を見て、かつて自分が奉仕したことを思い出す。
聖護院とか廬山寺に行きたかったが時間切れスマホ電池切れで帰宅。④八坂神社へ。福豆購入すると蘇民将来のお札を頂けるとのツイートを見たためだが、時既に遅く完売。神々に手を合わせた後、バス。
⑤吉田神社へ 模擬店がずらり、いつもより空いているが人は結構歩いている。本殿参拝にくねくねと行列。社務所で疫神斎札、稲穂、方相師土鈴、お米を頂き、森口さんのFB見て知った「節分限定」たくあんを買う。狙っていた焼きイワシも購入。ここで髪の毛とカシミヤコートが煙をたっぷり吸っていたが、北大路までバス。「鬼も逃げるイワシの臭い」、乗客の方々ごめんなさい。マスクで緩和されたと信じたい。
北大路から歩き、神明舎にイワシほか授与されたものを置く。
⑥上御霊神社へ。境内では神棚とかお札を燃やしつつあり、大祓詞を唱和。お献酒のお下がりを取りに社務所へ。やがて宮司さんの疫病退散の舞が始まり、福豆を頂く。
おろし用大根とビール(招福ラベル)を買って、神明舎でイワシを食し、地下鉄で帰宅。掃除不十分だが、入浴後、豆まき。
ここまですれば厄落としバッチリのはず。
さ、立春から本当の寅歳、始まり、始まり。
写真、マスは元旦、境内で樽酒を飲んだ際に、お面は昨年、宝塚清荒神の初不動にて。四つ目方相師の土鈴は吉田神社にて。柊は我家の鉢植えより。

節分 福豆撒き

この写真は、新刊『京都で、きもの修行』に掲載されています。数年前、#上賀茂神社 で、#年女として福豆撒きのご奉仕 をした時のもので、そのエピソードも記されています。毎年、俳優さんも参加されますが、今年は #名取裕子 さんがいらっしゃるらしい。

纏っている裃など、映画会社から借りているのです。下は自前のきものにしたいとお願いしました。白がなかったので、卵色ですが、全体に柔らかい感じでしょ。巳年以降の人は、もしも奉仕する時には交渉してみてね。

今年の私は、早朝に吉田神社の大元宮の神事、後、上賀茂神社の朝10時からの神事に参列して、洛中に戻ってきました。久しぶりに寒く、しっかり本ビロードの長羽織風コートを纏って。そのコートは、新刊『京都で、きもの修行』最後のエピソード、大晦日の写真でご確認くださいね。

 

きもの部門ベストセラー1位に

瞬間風速でも、アマゾンきもの部門ベストセラー1位と打たれ、喜んでおります。今朝になったら、2位と逆転していましたが、励みになります。ありがとうございます。
金曜日から、エンジン01の講座で千葉の市原に籠もっておりましたゆえ、FBでご紹介くださった皆さまへのお礼はこれからです。「きもの講座」でも立川談慶さんがご紹介くださったりして、アマゾンポチしてくれた方もいらしたかと思います。ひたすら感謝、心から感謝。
エンジン市原のご報告、これからあげてまいります。しばしお待ちを。
まずは、お礼まで。

117は鎮魂の日

鎮魂、供養は大切。と気づかせてくれたのは京都での日々。

1995年の阪神淡路大震災では、私は関西テレビ「関西ワンダラー」のキャスターとして、現場を歩きました。その2年後、97年1月17日に、母が帰らぬ人となりました。

毎年、1月17日は鎮魂の日。犠牲になった人々と、母に思いを馳せて、ひとり静かに手を合わせます。美人すぎて厳しかった母ですが、早すぎる旅立ちに形見となった和服を着こなすことが供養と信じて、コロナ禍前は、ほぼ毎日きものを纏っての京都暮らしを続けました。そうしたエピソードについては、新刊『京都で、きもの修行』に登場しますので、ぜひご高覧くださいませ。