鎮魂、供養は大切。と気づかせてくれたのは京都での日々。
1995年の阪神淡路大震災では、私は関西テレビ「関西ワンダラー」のキャスターとして、現場を歩きました。その2年後、97年1月17日に、母が帰らぬ人となりました。
毎年、1月17日は鎮魂の日。犠牲になった人々と、母に思いを馳せて、ひとり静かに手を合わせます。美人すぎて厳しかった母ですが、早すぎる旅立ちに形見となった和服を着こなすことが供養と信じて、コロナ禍前は、ほぼ毎日きものを纏っての京都暮らしを続けました。そうしたエピソードについては、新刊『京都で、きもの修行』に登場しますので、ぜひご高覧くださいませ。