かつて「お茶目な還暦」というフレーズが頭の中を巡ったことがある。イメージしたのは、アートディレクターの浅葉克己さん、そして作曲家の三枝成彰さん。あれから20年が経ったのだと、コンサート告知を見て愕然とした。
17日にサントリーホールで開かれた「三枝成彰 80歳コンサート」。実に感動的だった。
三枝さんのメロディは耳にしただけで胸がキュンとなる。せつなくなる。そこに哀しいドラマが載っているのだから、涙が止まらない。
今回は2本立て。1つは辻井伸行さん委嘱による新作のピアノ協奏曲。もう1つは混声合唱曲の「最後の手紙 The Last Message」。2010年に六本木男声合唱団の委嘱で書いた男声合唱曲に、女性の声を加えた形で編曲し直しての初演だ。
「最後の手紙」は、戦争で命を落とした人々の、人生最後のメッセージである。第2次世界大戦後、ドイツの編集者が、戦争で家族を失った遺族たちに対して、亡くなった兵士たちや反政府運動家たちが、故郷の家族や恋人に宛てて書いた「最後の手紙」を見せてほしいと呼びかけた。2万通以上の手紙が寄せられ、1961年に31カ国202人の手紙をまとめた「人間の声」として出版された。その中のいくつかの手紙にメロディをつけ、レクイエムとし、平和を訴える。三枝さんの優しくうら悲しいメロディに乗せて、それらのメッセージが私たちの細胞の中に染み入ってくる。そして最後映し出される字幕に世界各国の死者の人数ーー。
ここで休憩をはさみ、辻井さんの演奏。高度なテクニックが求められる実にアグレッシブな曲だった。80歳を目前にしてコレを書いた三枝さんも素晴らしいし、耳だけでコレを覚えた辻井さんもすごい。
いま生ある私たちに、力強く生きろと発破をかけられた思い。不本意にも戦争でこの世から旅立った人々の分まで。そして、同じ過ちを繰り返さぬように、何があっても、平和を守るようにと。これを音楽で伝える三枝さんは、「ますますお茶目な」傘寿である。
【追伸】
三枝成彰さんとはエンジン01文化戦略会議でご一緒。最初の出会いは、テレビ朝日の「CNNデイ・ウォッチ」。毎晩放送された深夜番組のキャスターとして。私とは出演曜日が違ったので、共演することはなく、忘年会でご挨拶したきりでしたが、その後、横浜のホテルで開催された年越しコンサートで私が司会を担った際、作曲家としての三枝成彰さんを知りました。この20年余はエンジン01の活動を通して、三枝さんの多岐にわたる才能にも圧倒されつつリスペクト度合いは高まるのですが、しかし、あの大晦日、タクトを振られた美しい姿が本来の三枝さんと私は考えています。これからも、音楽家としてますますご活躍いただきたい。お誕生日は半年先ですが、おめでとうございます!