NHKのアーカイブズを紹介するプレミアムカフェを楽しみにしている。少し前に、マルタ・クビショバの番組を見た。マルタは、チェコの国民的歌手、革命のシンボルだった。1968年の民主化運動「プラハの春」で弾圧されて以降ずっと潜伏していたのだが、89年のベルベッド革命で再び浮上した女性である。後に大統領となる劇作家のバーツラフ・ハベルとも親しく、共産党政権を倒すまでの革命運動の間、彼女の「マルタの祈り」がプラハの人びとを励まし続けた。
マルタについて、私は「朝日ジャーナル」と、拙著『レーニン像を倒した女たち』に記している。ベルリンの壁崩壊直後の1990年に単身、東欧に飛び込んで取材したきり追っていなかったのだが、この番組を見て愕然とした。彼女の人生が克明に描かれていたからだ。時を経て、語っていいタイミングに、私は会いに行くべきだったのだ。
1990年当時、彼女が外国人記者に多くを語ったとは思えない。1968年に「プラハの春」をいきなりソ連軍の戦車に押しつぶされた経験の持ち主だからだ。ミャンマーやアフガニスタンのように、独裁政権はいつ復活するかわからない。その恐怖はまだ払拭されていなかっただろう。しかしながら、10年を経て、テレビカメラの前で彼女は多くを語ったのだった。具体的に。1968年、1989年、何があったのか。自分の半生を語ったのだった。
本の売れない時代、私がチェコの革命の話など出版企画は通らないのだが、そうだった、番組に提案してみるという手があったのだった。「マルタの祈り」とともに彼女が歌った「ヘイ・ジュード」の替え歌(プロテストソング)を軸に据えた番組は、ある世代以上には説得力があるものと思えた。
またまた、自分の半端さに、落ち込んだ私であった。