祇園祭2020 宵山のお茶会@太子山秦家

祇園祭宵山を秦家で過ごしました。なんて贅沢なことでしょう。岡崎にある好日居の横山さんと、薬種問屋の末裔、秦めぐみさんによるお茶会だったのです。

ここは太子山町。祇園祭の山鉾町の中でも最も西南にあります。例年なら、路地には駒形提灯が飾られ、秦家がお店の一部を会所飾りに提供し、聖徳太子像が祀られるのです。今年は山鉾は出ませんでしたが、ご自宅で聖徳太子のお軸と鬼子母神さんを祀られ、静かにお茶会が催されました。

聖徳太子と秦氏の関係は、歴史に詳しい人ならご存知ですよね。太秦だけでなく、このあたりにも16世紀から白生地屋を営む秦氏たちが暮らしていたようです。

祇園祭2020 宵山の献茶式と長刀鉾による祇園囃子 龍文の帯で

コロナ禍で、静かに斎行されていた祇園祭。お献茶式は予定より早い時間から始まり、その合間に、長刀鉾による祇園囃子が奉納されました。例年なら、その日の夜、山鉾巡行の無事を祈って、23時ころに奉納されるのですが。お献茶式も、最低限の関係者でのみ、本殿で粛々と行われたのでした。

神さまは前日にお神輿に遷られています。手を合わせて、帰宅したのでした。

長崎原爆忌

今朝は長崎からの中継。コロナ禍の日曜日ゆえ、多くの人が見ているといいのですが。

犠牲になられた方々のご冥福をお祈りするとともに、核廃絶を望みます。

そんな季節に、レバノン爆破。気になります。

広島原爆忌

広島からの中継を見ています。改めて、犠牲になられた方々のご冥福をお祈りいたします。

原爆開発に20億ドル、焼夷弾とB29 開発に30億ドル。アメリカ空軍の独立をかけた空の男たちの彼岸が、米軍を成果主義にかりたて、結果、日本が火の海になりました。詳細は新潮文庫の『ワシントンハイツ:GHQが東京に刻んだ戦後』に書きましたので、ぜひご高覧ください

【祇園祭】2020の神輿洗

朝、四条大橋で鴨川の水を汲んで、夜、橋の上で神輿洗が斎行されるところ、今年は八坂神社境内で、蔵に収まっているお神輿にご神水をふりかけたのでした。写真は、朝汲んだ水を前に神事を行った後の光景。

【祇園祭】例年なら二階囃子が聴けるころ

二階囃子--鉾や山のお囃子の練習が町会所の二階で行われるので、そう呼ばれています。

例年なら今頃は、こういう光景が当たり前にみられます。祇園祭吉符入りの1日から5日くらいまで。

写真は2018年。この年は1日に 神明舎でAkio Satoko の A-Studioを開催。そのあとに、有志で山鉾町を巡ったのであります。二階囃子を聴いたことがないという、ゲストの井上章一さんをお連れして。

ゆえに、浴衣姿は私。ここは、新町六角下の北観音山です。

その足で、芳賀徹先生がスピーカーをされる勉強会にご一緒したのでした。

 

【祇園祭】本来なら「お千度の儀」(FBより振り返る)

2014年はまだ群衆が少なかったのですね。稚児家三代の周囲に空間があります・・・。

7月1日。例年なら、長刀鉾稚児の「お千度参り」をとらえるために、八坂神社へ向かう朝。1か月かけて執り行われる祇園祭の始まるこの日は特別なのです。毎年、気を引き締めつつ、しかしアドレナリン開き始めの瞬間でございます。

この年の私は、バチカンから帰ったばかり。6月30日の夜に関空に降り立ち、四条通で二階囃子を耳にしたときの興奮、いまも忘れません。今年はそれも聴けず、一日3着の夏着物(汗だくになるので羅&浴衣を着まわす)の出番もなく、拍子抜けの朝です。

そういえば、MARSが怖くて中東系航空会社の安いチケットは選ばず、タイ航空でローマ入。乗り継ぎのBKK空港でも、流行地域から来ている人を避けて歩いていました。当時は感染症も局地的で、知恵を絞れば安全に移動できた時代。

誰も彼もが移動すれば、何もかもが広がります。やはり今年は立ち止まって、あるべき姿にもどりましょう。

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【6年前のFB記事】

京都に戻りました!
バンコク経由で着いた関空でシャトル(乗合タクシー)に乗車。一人降ろして四条通に入ると、街は提灯に彩られ、すっかり祇園祭モード。長刀鉾保存会の建物からは、お囃子の音が聞こえてきました。
今日は八坂神社での「お千度参り」。機上にいて逃しましたが、昨年の写真をアップしておきます(今年のお稚児さんは別の方)。
今年から24日に後祭が加わるので、違いをしかと見届けるつもり。明日はいよいよ山鉾巡行の順番を決める「籤とり式」です。