「英国王のスピーチ」@『クロワッサン』 2011年02月25日号

親父の跡は兄貴が継ぐはずだったのに、なぜ、この僕が――。

この映画は世間にもよくある、そんな番狂わせの物語である。違うのは、舞台が英王室であり、継承すべきが国王の椅子であるということだ。しかも、その弟が内気で、つっかえながら話す「吃音症」というハンディを背負っていたところに、心揺さぶられるドラマがある。ラジオが普及した時代、説得力ある演説ができないことは、国王にとって致命的なことだった。物語は史実を基にしている。

主人公は、エリザベス女王の父、ジョージ六世である。社交性に富む長男エドワードは、米国の人妻シンプソン夫人に夢中。父の逝去後、いったんは王位につくものの、「王冠より恋」を選んで王室を離脱。突然でまさかの、この兄の決断に、次男が不本意ながらも王位を継承することに・・・。

第二次世界大戦前夜、ヒットラーが欧州で力を広げ、英国も戦禍に巻き込まれようとしていた。不安でいっぱいの国民に、国王は開戦を告げねばならない。

頼みの綱はオーストラリア人言語療法士の存在だ。ユニークな治療を通して、幼少期に左利きやX脚を矯正されたこと、父と兄への複雑な感情や心の狭い乳母からの仕打ちなど、吃音症の原因を本人に吐露させるに至る。頑なだった国王も心を開き、二人の友情は深まっていく。

そして注目のスピーチ――。丁寧に思いを込めて発せられた言葉は、一語一語人々の心に響き、思わず劇場の私まで拍手を送りたくなった。

英国国教会との関係や大英帝国としての世界観も見逃せない。私たちに馴染みない英国社会が随所に垣間見える。2012年は84歳のエリザベス女王の即位六十年。この春にはウィリアム王子のご成婚。気になる英王室の跡継ぎ問題に、影響を与える可能性も否定できない。

なにより、実はいまも水面下で世界情勢に大きく関わる英王室について、私たちはもっと知る必要があるだろう。