9月○日  投票を拒否する人々

 まずいことになった。明日の選挙ではゴルプット(白票)がたくさんでるかもしれない。昨夜から日曜日の今日、別件の調査でいろいろな人の家を訪れえているが、そこに集うご近所さんは、みなゴルプットだというのである。これでメガワティが負ける確立が高くなった。

先日、TBSのニュースバードで電話レポートをし、勝負は五分五分で、メガワティにもまだ勝つ可能性が残されていると話してしまったというのに、どうしよう。

今回の選挙はイメージ戦略だ。対抗馬のSBYが世論調査で高い数字を示しているのは、イメージ戦略が成功しているためである。思い出してほしい。3年前に小泉総理が登場した時、彼によって日本は変わると信じたし、メディアはそれを煽った。SBYも全く同じなのである。森前総理がメディアに対して愛想が悪かったように、メガワティもメディアにオープンではない。そこを逆手にとったのが、小泉総理の秘書飯島氏であり、SBYのブレーンたちなのである。まずはメディアの取り込みに成功し、SBY旋風を作り上げた。

今回の選挙は、こうしたイメージ戦略にたけた候補者vs古い金権政治を行使する現役大統領との戦いといっても過言ではない。金権政治といえば聞こえが悪いが、考えようによっては、これは相互扶助の精神から来る伝統でもある。かつての日本の自民党政治を想像してもらえばわかりやすい。

アメリカと日本の機関が行った世論調査によれば、常にSBYが約60%でメガワティが約30%、SBYが圧勝である。こうした調査は主に都市部ではそのとおり反映されるものだ。しかし、実際にジャカルタに来て見ると、意外にメガワティ支持者が多い。 7月の選挙を見る限り、あたかもメガワティとSBYの差は調査で30%はあったものの、結果は10%に縮んでいる。この差は何なのか。

7月の選挙に関してみれば、調査を行った時から実際の投票までの間に、メガワティ陣営からの働きがあって変わるというものだ。調査の時には流行に乗って「SBY」に投じると答えても、たとえば、前日に村長さんから電話が入り、「メガワティさんのおかげでわが村にも道路ができたじゃないか」。そう言われて、SBYからメガワティに変えたと言う人が少なくないらしい。つまり、伝統的手法が効を奏したということになる。

国内外のメディアは、世論調査を反映してSBY優位というのだが、ジャカルタの人々に聞くと、「うーん、わからない」というのが答えなのだ。これは市井の人々から元政治家にいたるまで、すべて共通している。つまり、欧米的メディア戦略が、相互扶助の精神で彩られたこの国の伝統的慣習をぶち破るのかどうか、見極めがつかないというのである。

もうひとつは、ジャカルタで聞いて歩くと、SBYは軍人だから駄目だという人たちが結構いることだ。そういう人たちは、反SBYから「メガワティに投票する」と答えるか、「どちらにも満足していない」と答えるのである。つまり、再び軍人支配になるのは敵わないけれど、メガワティにあと5年任せていいのかどうか疑問だというわけだ。

こういう人たちは、前日になってゴルプットにすると言い出したのだ。これは計算外。その分、反SBY票がなくなるのだから、メガワティの勝算は消えるわけである。

彼らはこう考えるのだ。どちらかに投票すれば、ムスリム(イスラーム教徒)としては自分の選択に責任を持たなければいけない。だから投票しないのだ、と。

個人的には、ここでメガワティが勝って5年のうちに評判を落とすよりは、僅差で負けて、惜しまれて引退するほうが、本人にとってもスカルノ家にとっても幸せだと私は考えているのだが、スハルト政権が倒れてわずか6年で、再び軍人の手に国家運営を委ねるのも抵抗がある。正直、私がインドネシア人でも難しい選択である。