ジャカルタで開かれたある日本人研究者の講演に足を運んだ。
「今回の爆破事件は大統領選挙に影響するのでしょうか」
会場からの質問に、彼はこう答えた。
「この時期の爆破事件はインドネシアの風物詩のようなもの。選挙に影響を与えるとは考えにくい」
しかし、私の友人である地元記者は別の見方をする。この事件のおかげで、やはり力強い軍が必要だ。メガワティでは駄目で、SBYが大統領になるべきだ。そう思う人が増えるのではないかというのである。
さらに、彼はこう続ける。これは軍が仕掛けた可能性が高い。ジュマ・イスラミアが首謀者としても、軍の関与があったはずだというわけだ。
たしかに、このシナリオは否定できない。スハルト政権崩壊後、インドネシアではさまざまな改革が行われた。諸悪の根源と言われた国軍改革では、警察と国軍を分離させた。
警察が国内治安を、国軍は対外的なものを担うという構図だ。それまで最もおいしかった特権は、交通違反の罰金などである。ここが警察に持っていかれた。しかもメガワティ政権になって、警察が優遇され、国軍は冷や飯を食わされた格好だ。彼らがスハルト政権時代の過去の栄光を懐かしむは誰にも止められまい。
もしSBYが大統領になれば、再び国軍の天下の可能性が出てくる。軍人たちがそう考えても不思議はないし、この可能性にかけるしかないだろう。2年前、学生活動家から、こういう噂を聞いたことがある。国軍内に流通したSBYによるペーパーはこう語っていたという。インドネシアの治安維持のためには、一度軍人の手で政権を担う必要がある。そして安定を確保した段階で、文民の政権に戻せばいい、と。
SBYの真意はわからないが、このペーパーによって、軍人たちが喜んだのは想像に易い。だから、なんとかして、SBY大統領になってほしい。一部の軍人たちにとって、これは悲願ともいえる。
そして、彼はこうも疑うのだ。アメリカが陰で関与していたのではないか、と。
ワシントンではメガワティは評判が悪い。SBYになってほしいと心から願っている。私は1年の滞在を通して、それを痛感した。主な理由は、彼女がテロ対策に積極的でないからであり、もうひとつの理由は、父スカルノが大嫌いだからである。
ワシントンではマハティールに対して感情的な批判をよく耳にした。公然とアメリカを批判する彼が疎ましかったからである。それと同様のことが、かつてインドネシアのスカルノ大統領に対してもあった。彼を倒すために、CIAが外島の反乱を誘発し、支援したことはあまりに有名である。
そうした経緯から、インドネシア人は、すぐにCIAの関与を疑う傾向にある。スカルノの失脚とスハルトの浮上は、アメリカのバックアップがあってのことだという説は、この国には根強く存在している。その目線が消えることはなく、バリのディスコ爆破事件のときも、CIAの関与が取りざたされた。アメリカ人の犠牲者が少なかったからである。
彼の考えにそって見ていくと、たしかに、メガワティの留守を狙ったところが怪しいのだ。彼女がブルネイ王室の結婚式に出席するために国を出た翌日に事件は起きた。この国では、大統領の留守を狙って不穏な動きがあったことは珍しくない。
スハルト政権時代から、反乱の影に国軍の誘発ありだったのだが、国際テロの時代になって、ますます本当の首謀者が見えにくくなった。こうした話を続けていくと、向に水を実は裏でスハルトが指示を出しているという見方をするインドネシア人も少なくない。
一体誰が真の首謀者なのか。イドネシア人が常に猜疑心でいっぱいになるのも、スハルト政権の負の遺産のひとつである。
9月○日 大使館爆破事件とインドネシア大統領選
2004.09.09