8月○日 アメリカのセレブ

  「ジョージタウンに来ればね、アメリカのセレブと友達になれると思ったのよ。でも、全然出会わないのよ、どうして?」
 ある時、ルーマニアの女性外交官Nはこうつぶやいたのだった。
 「御曹司ってこと?ワシントンではなくて、ハーバードやイエールに行くんじゃないの? ボストンは若者 の町だし、親元からも隔離されるから、便利なんじゃない?」
 Nはジョージタウンにいる間に30歳になった。どうやら結婚生活はうまくいっていなく、国に帰ると離婚ということになるらしい。そんな含みもあって、白馬の王子との出会いにも期待があったようだ。なにせケリー夫人のように、ハインツの御曹司に見初められたケースもある。彼女の中では、モザンビークよりはルーマニアのエリート外交官だろう、と思っていた風である。
 Nは実に英語が堪能である。ゆっくりと明瞭な発音で、言葉の選び方もアメリカ人好みだ。いや、正しくはアメリカの官僚好みというべきだろう。すなわち、彼女はアメリカ人の自信過剰に対し、決して威信を損ねるような発言をしない。その意味ではきわめて外交官向きである。
 たとえば、ルーマニアの立場について説明をする時、こう表現してみせる。
 「あなたたちのクラブ『NATO』のお仲間に加えていただけたことで・・・」
 こう表現をされた折には、元大使のおじ様方は、(失礼、いまでも大使と呼ばないと機嫌が悪いが)、目を細めて喜んだものである。「アメリカのおかげで我々は幸福になりました」的な表現は、アメリカの外交官がもっとも好む。彼女はそのことを知っているのだ。だから、彼女はその英語力で、アメリカのセレブともお近づきになれば、自分は信頼を勝ち取れると考えるのである。
 さすがに私の年齢では20歳そこそこの御曹司との結婚がありうるわけはなく、そういうまなざしでセレブを探したことはない。だが、会えるものならお会いして、得意のホームステイなどをしながら、しばし観察してみたいところではある。
 この話をアイリーンにしてみた。香港で生まれて6歳からアメリカに住んでいる21歳だ。同世代の彼女は射程内にあるはずである。
 「何もわかっていないのね。セレブのお嬢もお坊ちゃまも、キャンパスには滅多に来ないのよ。来てもすぐ  に帰る。彼らには彼らのサークルがあって、その辺の人とは遊ばないの。ましてやアジアやルーマニアの  女子学生なんて、相手にされるわけがないじゃないの。だいたい、いくつなの?その人は。30歳のオバサンでしょ。そん  な人となんで一緒に過ごさないといけないわけ」
 おっしゃる通りである。私などはお母さんの年齢だ。ま、それでも、お家に招いてくれて、パーティなどを覗かせてくれれば、それも楽しかろうに。
 Nがこう話したことがある。
 「私たちはブッシュ大統領が嫌い。いまの政権も嫌い。でもね、クリントン時代にはかなわなかったことが  ブッシュになって達成できたの。わかる?NATOのメンバー入りよ。この点にだけは感謝しているわ」
 外交上、NATOクラブに入れていただくことまでは現政権の思惑で可能だが、Nがアメリカの社交クラブに入れるかどうかは、彼女個人のラックにかかっていると言わざるをえない。まだ、入り口にも行き着いていないのだから。
 彼女も8月にルーマニアに帰国した。