7月12日 ファーストクラス、その天国と地獄 2

 911以降、アメリカの空港ではいろいろ面倒なことが多い。最初に降り立った都市でイミグレを通らなければならない。一端バゲージクレームでスーツケースを取り上げて、それから国内線でチェックインするのである。

 くわえてLAの空港では、SQとUAのビルが思い切り離れている。中ではつながっておらず、大型バスが行き来する外を歩かねばならない。エンジンの音がうるさい上に空気が悪い。アメリカの空港では、駐車場や近隣のホテルへのシャトルバスだけでなく、次々にレンタカー屋のバスがやってくるのだ。

 ようやくたどり着いたビルはなんとも簡素で、UAのラウンジも最悪だ。PCをつなぐことは「有料で」可能だが、食べものがクラッカーしかない。

 ファーストクラスのラウンジはどこか?と尋ねれば、こんな答が返ってきた。

 「SQがファーストならば、それも可能です。しかし、あなたの場合はビジネスでした。なので、ここしか使えません」

 ひどい。私はファーストクラスのマイレージを費やしたのだ。なのに、SQの飛行機が2クラス性だっただけではないか。しかもUAのマイレージである。ならば、そこを考慮してファーストに移してくれてもいいではないか。私はここに5時間もいないといけないのだから。

 「私も同情します。でも規則ですから」

 アメリカの組織がオープンでフレキシブルだと思うのは間違いである。時として日本よりはるかに官僚的なことはよくある。もっとも、このお兄さんの場合、電話でファーストのラウンジにかけあってくれての結果である。個人的にはいい奴だ。

 「SQのラウンジに行けば、食べ物が豊富にあると思いますけれどね」

 えー?冗談じゃない。また、あのビルまで延々と歩けというのか。それに、イミグレを抜けてからでは、中に入れないだろうに。いい加減なことを言わないでよ。

 しつこい私は、ファーストのラウンジを探し当て、もう一度交渉してみたが、無駄だった。こちらにくれば、アルコールも無料で飲めるし、サンドイッチやチーズ、フルーツがそろっているが、こちらでも規則と断られた。

 ま、いいか。国内線とはいえ、次はファーストだ。そこで何か食べられるであろう。さすがの私もあきらめて、ビジネスのラウンジでPCに向かった。

 ところが、である。この国内線のファーストクラスが地獄だったのだ。

 1Dという最前列の窓際のチケットを持っていた私は、PCと本の入ったキャリーバッグを持っていた。それを見たスチュワデスがすかさず、それを上げろという。しかし、一人で持てる重さではない。なので、一緒に手伝ってもらえませんか、とお願いしたところ、いきなりスチュワデスがこうまくし立てたのである。

 「それは私の仕事ではない。重い荷物を上げて体を壊しても会社は何も保障してくれないのだ。95年以来、組合で一切手伝うなと方針が決まった。誰か乗客の中で手伝ってくれる人をさがしてくれ」

 正確ではないが、こういう趣旨のことを一気に早口にまくし立てたのである。

 「私は上げてくれと押し付けているわけではない。私は背が低いので一人では持ち上げられない。なので、手伝ってとお願いしているだけです」

 「会社が保障してくれないから、仕方ないのよ」

 そこで私はこれ見よがしに隣の席のシートに、カバンを横にして置いておいた。

 すると、そこに50歳くらいの紳士がやってきて、それを上げてくれたのである。お礼を言うと、例のスチュワデスがまたやってきて、前回の何倍ものスピードで、息もつかずに2倍の量を話し続けた。まるで組合のプロテストのようだ。それがひとしきり終わった後、私はこう言い返した。

 「私はゴールドメンバーで、これまでも何度もUAに乗ってきたが、こうして断られたことは一度もない。どの飛行機でもスチュワデスが手伝ってくれた。むしろ先方から積極的にやってきて、あげてくれたくらいだ。組合の規定なら、なぜ彼女たちは手伝ってくれたのか理解できない」

  「手伝ったその人たちは、とても立派で偉いわ。会社が保障してくれないんだから、自分のことは自分で守らないと。私たちは組合でそう決めたの」

 そもそも労働条件が悪いからといって、客に八つ当たりするのは見当違いである。それもエコノミークラスなら、まだ理解ができる。しかし、ここはファーストクラスだ。一般にはいいサービスを受けるため、高い金を払って乗っているのだ。断り方にも礼儀というものがある。このような無礼な態度が許されていいのだろうか。

 やがて飛行機が舞い上がると、寒さに耐えられなくなった。深夜便だから冷えるのだろうか。私は毛布をもう一枚リクエストしようと、スチュワデス呼び出しボタンを押して、しばし待った。あまりに長きにわたり無視されたので、私はアイルに立って彼女たちが油を売っている後部をにらんだ。5分は経過したであろうか。ようやく気づいてやってきたが、それでも「毛布があるかどうかわからない」と言い訳し、機内で使われていない毛布を探し、1枚持ってきた。

 やがて1Aに座っていた男性が事態のひどさに気づいて彼女に忠告した。以来、彼女は私に媚を売り、コーヒーのサービス時には、名前をやたら連呼するようになった。

 トイレに立った時も媚びを売ったので、私はこう話した。

 「UAの経営が大変なのも理解できるし、労働条件がよくないことも想像がつく。でも、ここはファーストクラスでしょ。それなりのサービスを受ける権利はあると思うの」

 「あなたが怒るのももっともよ。私も前は国際線を飛んでいて、東京担当だったの。UAはね、国際線はいいの。でも、国内線はひどいのよ。これが現状。毛布だってね、私は地上スタッフに言ったのよ、もっと必要だって。でも、深夜便だから、これでいいって断られたのよ。これがUAの現状だから、覚えておいたほうがいいわ」

 なんだか妙な話である。深夜便を利用する私が悪いと言わんばかりだ。本来は、「次回もまた、UAをご利用ください」ではないのか。

 モラルの低下は日本だけの問題ではないようだ。