京町家に憧れがあります。郷愁というほうが正しいかもしれません。名古屋の祖母の家を思い出すからです。洛中の町家のように苔むした坪庭があるわけでもないけれど、それでも、夏座敷に涼しげな室礼が幼いころから好きでした。寝そべったときの、いや素足で歩くだけでも、籐の網代のひんやりとした肌ざわりが、私に「和の夏」を教えてくれていました。
まずは神棚にお水を、仏壇には御仏供さんを供え、私が生まれる直前に旅立った祖父のために、祖母が木魚を叩きながら読経するのを横で聴いていたことも、東京で社宅暮らしをしていた私にとっては、貴重な体験でした。
麦茶をやかんに入れて沸かすときの香ばしい匂い。冷やすのが目的でやかんに占拠された洗面台は、ペットボトルなどなかった時代の光景です。廊下には、赤だか水色だかの、折りたたみ式のボンボンドリームベッドが置かれていて、時折、庭に出してその上に寝ていた覚えがあります。高度成長期、庶民のモダニズムの象徴というのは大げさでしょうか。あの当時、祖母にとっては自慢の品だった気配があります。
流行っていたとはいえ、幼い私でも、ボンボンドリームベッドのビニールはベタっとする、と知っていた気がします。寝そべるなら、籐の網代の上が気持ちいいと、子どもなりに感じ取っていたのではないでしょうか。
祖母の家は叔父の代襲相続で従弟のものとなり、あっさり人手に渡ってしまったのですが、誰も興味を示さなかった、あの網代の敷物はもらってきたらよかったなあ、といまごろ悔やまれます。祖母の上布の着物や夏帯は手元に残ったのですが。
祖母の家で過ごした経験も、私の京都暮らし願望へとつながっているのです。